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     良かったら絡んでね~主のスペック・・・♂テリトリー 関東圏趣味 どこかに行くこと カラオケその他・・・主に聞いてwww~注意事項~主に雑談してるけど、コメが無い時はほぼ黙ってます・・・モノマネなどは絶対しません   
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    味わいカルピスおいしいです
    2014年03月30日 19:54 更新
    22男です アニメ 見たいのだけ興味あるのだけ・・・ 車 は全般的に好きスポーツカーがテリトリー 艦これ まだ中佐 ケッコンカッコカリすらできない初心者 好きです まあ見てってね
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    テリトリー
    2016年11月11日 11:35 更新
    ようこそいらっしゃいました♪ (((自称)))ニコ生主です。どうぞよろしくお願いします。
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    うましかのテリトリー
    2014年08月20日 06:40 更新
    放送初心者 コメントがないとしゃべれません                                             ツイッターID umasika_001 スカイプID pekepeke600
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    元ひきこもり男の最近(仮)
    2014年12月09日 20:10 更新
    「ひきこもりの方へ。あなたの部屋を見せてください。」 僕は渡辺篤といいます。美術家をしています。 まだまだ売れていませんが。 僕は以前、 ひきこもり をしていたことがあります。 まずその経緯を聞いてください。 当時、結婚を考えていた人との失恋、全力で望んでいた活動でのグループからの排除、10年近く患っていた鬱、美術家としての悩み、そんな事が重なり、6ヶ月間実家の自室でほぼ寝たきり生活をしながら引きこもっていたことがあります。 その間一度も靴を履かず、空の色も見ること無く。 誕生日も大晦日も一人でインターネットをしながら過ごしました。 僕のそれは、ある種の自暴自棄や自傷行為という意識でした。 それ以降の人生の可能性を捨てることは、血の流れない自殺ともいえると思っていました。人を恨み、社会を恨み、自分を傷つけることで、自分を傷つけた者たちへあてつけや復讐をする気分でした。 一方では、外部からたやすく助けだされたり、美味しいものが食べたいからと簡単に外に出てしまっては、その時点ごとに経過した、作り上げた負の時間を否定することになってしまいますし、既に後戻りできない状況だと思っていたので、より高いハードルを築くべく、一日一日とひきこもり時間を増やしていきました。 そうやって段々と社会から遠ざかっていきました。 過ぎた時間の他に、日々太っていく容姿や、発語を何ヶ月もしないがゆえの軽い言語障害、そして人に見せられるはずのない荒れた部屋。 引きこもりであることを隠し、自分と似た<ネト充>が多くいる「ニコ生」などのサイトで、匿名同士見知らぬ誰かとチャット交流し、その場しのぎの承認欲求を満たしていました。 僕は、ズルズルと引きこもりが長期化し、ある時から一生の覚悟を背負いはじめました。まったく介入してこない同居していた家族に怒りの矛先を向け始め、2・3度暴れたこともあります。 その時、父に警察を呼ばれました。母はほとんど声掛けをしてくれませんでしたが、あとから思うと、僕を無視をしていたわけではありません。 どうしていいかわからず手をこまねいていたし、ノイローゼのようになってしまっていたのです。 うちの父はコミュニケーション障害のような気質を持っています。 警察が来た時には、僕の年齢やどこの学校を出て何をしていたか、話せなかったそうです。 父はコミュニケーションの不器用さに自覚は無いし、他者の感情や意見を想定することも得意ではありません。 僕が幼い時には、しばしば父からの暴力もありました。 引きこもっていたある日、父が僕を精神病院に措置入院させようと考えていることを、扉の向こうの母から聞きました。 父は、子を守りたいというよりも自分の住むテリトリーから排除する意識が強かったようです。 そして母自身、父とのかねてからの不仲や、僕の深刻化する引きこもりによって、いよいよ共倒れしうる精神状態であることを告げてきました。 6ヶ月目に突然、想定しなかった<外圧>がやって来ました。 そしてその日の晩、僕は半年ぶりに部屋を出て新たに生きていくことを決めました。引きこもりは自分で選んだことだったけれど、父に自分のこの先を支配されたくなかったし、気づいたら自分よりも弱くなってしまっていた母を守らねば、という思いでした。 僕はもう、本当にたくさんの取り返せない時間を経てしまい、人生を<詰んで>しまったのだから二度と外に出ることはないと思っていました。なので部屋は荒れ放題で食べ物のカスや尿の入ったペットボトルも大量に散乱していたし、髪や髭は伸び放題でバターを塗られたようにべっとりとしていました。 コンタクトレンズも当然新たに注文出来ず、昔使っていた壊れたメガネを輪ゴムで止めて着けていました。 僕は部屋から出て、久しぶりに母とたくさん語り合った直後に、それまで過ごした部屋と自分の姿を、カメラと三脚で撮りました。 負の記憶ですから恥ずかしくて人に見せるものではないです、本来は。 でも、僕は美術を学んできた者でしたから、 <6ヶ月間かけてこの写真を撮るための役作りをしたのだ。撮影用の場作りをしたのだ>と認識の切り替えをしようと思ったのです。 今回、それらの写真を使用した展覧会を行います。 汚い部屋も汚い容姿もその後、生きていく上で別に大したことではないかもしれません。汚いだけでは人は死にません。 むしろその、とらわれていた時間や姿を美術作品として観せます。 引きこもることが悪いとは思いません。引きこもりなんてすぐ辞めろ!とも思いません。僕も一生の覚悟で、結果何ヶ月もやってましたから。 ただ、少なくとも汚く荒れた部屋や、人と会わずに醜くなった容姿も、自分が思うほど大したことではないです。 むしろ<汚部屋>としてのカルチャーからみたら、興味深いくらいです。 僕は当時の部屋を写真で公開します。 引きこもっている方、部屋の写真を撮影して画像を送ってくれませんか?当然汚くて結構です。 個人を特定できる雑貨などに関してはその部分をぼかします。 美術の展覧会で、僕の写真と同じくして、スライドショーで発表させてください。 展覧会場に<僕が引きこもる密閉されたコンクリート製の部屋>を作り、そこで展示します。 部屋画像の送り先: nabekoten@gmail.com ※使用させていただく写真は渡辺が匿名性を守ります。 ボカシはご自分でされても結構ですし、指定して頂ければこちらでおこないます。 ご自分が写っていなくて結構です。部屋の様子だけを撮ってください。汚くていいですし、もちろん綺麗であっても構わないです。 自身のメールのメインアカウントから送る事に抵抗がある場合、お手数ですが副アカウントを作って送ってください。 引きこもりの定義や、引きこもった期間は問いません。 画像は今後、僕の美術展や出版物で使用させていただく可能性があることをご了承ください。 対話を欲する方、特記事項などがある方はその旨もお書きいただけたらと思います(必ず返信しますが、お時間掛かってしまう可能性もあります)。 受け取った画像は、こちらで公開/非公開を選ばせていただきます。 ※12/7〜28に池尻大橋のNANJO HOUSEにて渡辺篤個展「止まった部屋 動き出した家」を開催。来場はご予約制。モチーフは自身の経験した「ひきこもり」そしてそれと同時期に起きた「津波」。是非ご予約お願い致します。 詳細はこちら→http://www.atsushi-watanabe.jp どうぞよろしくお願いします。 __________________________ 渡辺 篤 / WATANABE Atsushi (現代美術家) 《プロフィール》 …東京藝術大学在学中から自身の体験に基づく傷や囚われとの向き合いを根幹とし、かつ、社会批評性高き作品を発表してきた。 表現媒体は絵画を中心に、インスタレーション・写真・パフォーマンスなど。 テーマは、新興宗教/経済格差/ホームレス/アニマルライツ/ジェンダーなど多岐にわたる。 卒業後、路上生活や引きこもり経験を経て2013年春、活動を再開。以後精力的に発表を続けている。 …自身の制作活動以外では、美術家・会田誠の制作助手を2008年より務め、 2009年には共にMIZUMA&ONE GALLERY(中国 北京)にて長期滞在制作を行った。2012年には森美術館会田誠個展「天才でごめんなさい」での制作協力。 《経歴》 • 1978年 神奈川県 横浜市 生まれ • 2007年 東京芸術大学 美術学部 絵画科油画専攻 卒業 • 2009年 東京芸術大学大学院 美術研究科 絵画専攻(油画)修了 • 2010年 東京芸術大学大学院 美術研究科 研究生 修了 (2010年夏~引きこもる。 意図せずに2011年春部屋を出る。 2013年春、美術家として活動再開。) 《主な展覧会・活動》 • 2007 「KINCO」日本銀行本店地下金庫(東京 日本橋) • 2008 「チバトリ」千葉市美術館(千葉市) • 2009 「ASIA PANIC」光州ビエンナーレホール(韓国 光州) • 2010 「宮下公園 アーティスト・イン・レジデンス」参加(宮下公園/東京 渋谷) • 2013 「Who By Art Vol.2」西武渋谷店美術画廊(東京 渋谷) • 2013 「アートフェア ウルトラ006」スパイラル(東京 青山) • 2014 「Who By Art Vol.3」西武渋谷店美術画廊(東京 渋谷) • 2014 個展「ヨセナベ展」Art Lab AKIBA(東京 秋葉原) 渡辺篤作品HP http://www.atsushi-watanabe.jp
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    大石のテリトリーさんが生放送を行うコミュニティです。 ぼちぼち実況していきますよー よろしくですたい
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    すづのてりとりー
    2015年02月16日 18:31 更新
    すづのプロフィール 名前:すづ  誕生日:10月5日 身長:200-51㌢ 体重:りんご10個分(嘘です) 職業:高校生 好きな食べ物:肉 甘いもの全般 嫌いな食べ物:野菜 苦いもの全般 趣味:歌うこと ゲーム 性格:爽やかです(大嘘)    ほんとはコミュ障です。    たとえネット上でもガクブル((( ゚Д゚))) みなさんに一言:アットホームに行きましょう(/・ω・)/ マイリスト【mylist/45810139】 Twitter【@sudu2525】
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    朝も昼も夕も
    2020年04月02日 18:31 更新
    ▋プロフィール  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ・自他共に認めるjkキャラ   ・いろんな人と話すのが好き ・好奇心旺盛な面倒くさガーリー ▋放送  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ・雑談ときどき凸待ち ・リスナー和気あいあい ・時間配分忘れがち ・日が暮れてからが私のテリトリー(*´Д`*) ▋コミュリンク  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ・♪((‹( 'ω' )›))♪ ▋その他  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ・凸待ち中Skype IDはこっそり聞いてください(*´ノД`)ヒミツダョ♥
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    おやびんのてりとりー
    2016年09月22日 14:38 更新
    そんなに頻繁にはやりませんが なにかしらのゲーム生放送します HDMIキャプボ買ったので神画質!!! 普段は実況動画あげてます part1集:mylist/50344755 twitter @oyabin2525 mail oyabin_2525@yahoo.co.jp
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    てぃーぼーのてりとりー
    2016年08月22日 13:44 更新
    てぃーぼーがなんかするとこ
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    名もなき音楽家のコミュニティ
    2023年11月17日 22:14 更新
    自伝 「なんで音楽なんか始めたかって」 「そりゃ、女の子にもてるためですよ。男にかっこいいって思われるためですよ。」 そんな言葉で照れ隠しをしていた自分が、本当に世界を股にかけたロックスターを志すとは誰も思わなかっただろう。 やるからには、カッコ悪いことはやりたくない。 フォークや演歌なんて歳をとってからでいいだろう。 やるからには、ロック、極めるのはハードロック、メタルだろう。 国内では見つからないレべルのミュージシャンが海外にはゴロゴロいる。 彼らと組んで、本当に頂点を目指そう、そう誓ったのは10年も前のことだ。 それから疾走の10年が始まる。 正直この10年、音楽以外に何もしていなかったように思う。 僕は学生時代から英語が好きだった。 これが英文作詞家としてのベースになっている。 クオリティの高い音楽はエモーショナルな歌詞で構成されなければいけない。 そこの意識が希薄または未熟だと台無しだ。 ある意味において、うたの歌詞というものには、ミュージシャンの生き様や価値観が反映される。 言葉っていうものは、そういうもの恐ろしさがある。 若いタレントが書いたとかいうことにしておけば誤魔化されるというものでもない。 十代なら十代、二十代なら二十代の尊い感性というものがある。 それを50や60の親父が代弁というのは、本質から遠のいているのはいうまでもない、 音楽とか文学ほど、人物が等身大で伺えるものはないだろう。それが面白くもあり恐ろしい。 そういう感覚が僕を随分長い時間、文学的な香りのするものから遠ざけていた。 本も読まない、音楽も聴かない、僕が今作詞をやっている、本当に周囲から見れば、摩訶不思議だろう。 それでも、そんな自分だからこそ面白い作品が作れるのではないかという根拠のない自信があったことが今日まで自分の創作を支えている。 随分たくさんの作品を手掛けた。音源化したものだけでやがて200曲以上に及ぶのではないか。 幸い、コンポーザーにもボーカリストにも恵まれ、優良な楽曲が数多く生まれた。 ドイツとイギリスに優秀なミュージシャンがいて、複数回コラボで楽曲を作る。 英国在住のプロデューサー・スチュアートは華々しいキャリアを持っている。 伝説的なロックバンドやシンガーソングライターの、スタジオエンジニアとして、歴史にその名を刻んでいる。 彼との出会いが、僕のミュージシャンとしてのキャリア・ステータスを飛躍的に高めてくれた。 僕が書いた詞に、スチュアートのつけた曲・ボーカルが載って、楽曲が仕上がるのだ。 そのキャリアに違わぬ、クオリティの高い仕事に僕は心から満足した。 日本から音楽の本場イギリスにアクセスして、その巨匠と音源を作るということがトピックとして、メディアに大きく取り上げられる。 新聞やテレビはもちろん、地方FMに至っては、北は北海道・南は沖縄まで広く流れた。 全国のラジオのディレクターの耳に止まり、電波に流れたということは、とてもありがたかったし、評価されていると位置づけられた気がした。 今、僕は反戦音楽を手掛けている。 ロックを始めた正直な理由として、こういう社会的に皆が胸に抱えている不満や憤りを代弁するというある種の責任感があったことを、今ここに告白する。 世界は危機に瀕している。 この良くない流れを変えるのは、文化の力によるしかないと自分は感じている。 そのための表現として自分は、音楽を選び作詞を担った。 生きていることのリアルとして、正しさを主張することが無力ながらも重要なことであると信じる。 悪いけど、この目的のために、世界中のアーチストをある意味利用している。 だが、協力してくれていると思いたい、信じたい。 もっと正直に言うと、僕は音楽というものの影響力は凄いと思いながらも、心から愛しきれないところがある。 音楽の持つ刹那性というか流行性は一過のもので、永続性というものをなかなか見出しにくいと思うのだ。 そういった意味において、スタンダードポップ・スタンダードロックというものを意識してメッセージを送り続けていたけれど、商業主義の音楽に、こういう説教臭さは迎合されていない感がある。 影響力を持たない音楽が価値を持たないとするならば、崇高な理想もうまく発信しなければその意味を発揮できないという結論に達する。 そういった意味において、創作とメディアとの関連性というものが、一定のレベルを保った上で機能しないと用を為さない。 商業音楽が機能しないような啓蒙活動において、音楽はどのように普及し得るのだろうかと懐疑的になる。 先日誕生日を迎えて、50になった。 これからの人生の方向性を考えた時に、頭が真っ白になった。 音楽をやめるという結論には達しなかったが、4年間続けたコミュニティFMのパーソナリティをやめる決意をした。 発信者としての自分と、メディアの一部として機能するパーソナリティとしての自分のバランスがそろそろ限界かなと思った。 ここから先何を探していくのだろう。 社会的とか社会性というのがキーワードになっていくと思う。 今、ここに在ること、向かってきたこと、向かっていくことを一本の線というか道のように考えるとしたら、それが自然だろう。 24歳で精神病を患って、もう25年たった。 20年近く、闘病と反骨の一心で生きてきた。 凄く卑屈で憂鬱で惨めな気持ちで生きてきた。 正気に戻ったのは最近だ。 正直誰に救われたという気持ちも持てないでいる。 社会って冷たいものだと思いながらも、それでもすがらないことには生きていけないリアルがある。 そのことがなおさら自分を惨めにする。 役場勤めなどを経験し、世の中の仕組みを知ったことが、尚更そういう気持ちにさせる。 人間というものは、自分のテリトリーというか生活領域の中で目一杯あがいて生きるものだ。 その守備範囲みたいなものを超えていこうとすると、破綻する。 僕は音楽を通してその守備範囲を無限大に広げようとあがいていた。 障害者年金という国の救済制度をフル活用し、さらに借金までして自分の限界以上のことを成し遂げようとした。 ある意味破綻のような現状ではあるが、目一杯日々を生きてきた、今も生きている気がする。 誰にでもできることじゃないと言われる。 最近は、一日何もしないで凌ぐことに全力を注いでいる。 電話で友人と話すことが社会との唯一の繋がりだったりする。 この心細さを救ってくれる友人には心から感謝している。 誰とも繋がらない深夜に、うたを作ったりする。 でもたいていは没にする。 そんな気持ちの時には、寂しいうたしかできないから。 多分、明日もこんな日を過ごす。
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    sin のテリトリー。
    2019年04月13日 10:28 更新
    sin ( シン ) による思い出作りの目録。 旧 sonshi です。 コミュタイトル元ネタは遊戯王。
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    てりとりーさんのコミュニティ
    2022年08月19日 15:57 更新
    てりとりーのコミュニティです。 みなさん、ぜひフォローしてください。